Oka Masako
| 岡 正子 masako oka 長野県生まれ 自然の宝庫信州に拠点をおき活動。 自然をテ−マとした材から作品を創る。 ![]() |
'澱粉を素材にしたラクトロン すべて植物染料染め |
| 1979 | 杉野ドレスメ−カ−女学院デザイナ−科卒業 | ![]() ![]() シルク |
|
| 1982 | ヘレンヒギンスキャリアスク−ル コ−ディネ−タ−科、ディスプレ−科卒業 |
||
| 1984 | 全日本ファション大賞コンク−ル<フォ−マル部門1位> | ||
| 1988 | オンワードファション大賞 | ||
| 1994 | 長野市清掃工場にて、日本初のゴミとファションの共生をテーマにファションショウを開催 | ||
| 1996 | 長野市のリサイクルプラザにて環境モードフェスティバル開催。 リサイクル繊維を使った作品を発信 長野県老人大学講師 |
||
| 1997 | 岡学園 長野ファッションカレッジ校長に就任 高齢化社会に対応したエージフリーファションを企画・開催 |
||
| 1998 | 長野オリンピック文化・芸術祭/文化プログラム「Fashion
for The Earth」(環境素材による造形美ファションショ−)大量生産、大量消費のファションを循環型に転換させようとの主張から、衣服の分野で環境との共存を目指したショ−を企画。国内外に発信する 土に還るとうもろこしを原料にした生分解性繊維 「ラクトロン」 を長野冬季オリンピックで世界で初めて衣服にしました。 京都西本願寺境内に於ける「環境ファッション&ト−ク」企画の中で「Fashion for The Earth」のショ−。作品を紹介 |
||
| 1999 | ワコ−ル銀座ア−トスペ−スにて個展 A-re「MASAKO OKA EXHIBITION.自然を衣る」展開催 アメリカ・オ−ランドにてアメリカ飼料穀物協会主催コンペションでFashion for The Earth」再演 |
||
| 2000 | 5月 東京代官山ヒルサイドテラスにて初めてのthink silk「こころのころも展」開催 | ||
| 10月 千葉 アトリエトム 第1回こころのころも展 開催 | |||
| 2001 | 5月 第2回アトリエトム こころのころも展開催 以後常設展示販売 | ||
| 2002 | 4月 駒ヶ根美術館 岡正子展 | ||
| 現在 | 横浜元町、日本橋三越、長野市で直営店展開 |
| ”洋装こそ日本女性を変革させる”という故杉野芳子先生の教えに学んだ母が、戦前より取り組んで 参りましたファッションの世界に、デサイナーを目指し迷いもなく進んだ私が衝撃を受けたのは、1996年 偶然にも目にした清掃工場、ゴミの山の中の洋服でした。 大量生産、大量消費を拡大する時代の中で、ファッションもまた同様その代表的存在であるという現実。 |
| ・・・・・誰のために何のためにデザインするのか? |
| 社会との共存なしにデザインする事の虚しさを感じた私は、
1997年 高齢化する社会のためにユニバ ーサルファッション「エイジフリー」を開催。 また、1998年 長野冬季オリンピックでは、ファッションと自然の共生をテーマに『Fashion for Earth』 を全面プロデュース(翌99年 USA、オークランドにて再演)など、ファッションを通じ社会的メーッセージ を伝えて参りました。 |
| そのような私が数年前より「変革」を試みた事は、日本の永い和装技術に培われながらもファーマルの イメージから脱さられずにきた日本のシルクを、誰もが気軽に21世紀の日常着として楽しめる”今”の服 にデザインするという事でした。 布作りから始まった職人との共同作業。 美しい自然の中にかつて養蚕を主とした信州....... その信州で、母の世代より身近に戦後の洋装化を感 じてきた私が行きついたシルクの日常着、”こころのころも”に触れていただければ幸いです。 |
![]() |
![]() |
![]() |
![]() |
|||
20世紀は、大量生産、大量消費の時代でした。衣料品の材料は、ポリエステルやナイロンなど、市場の
半分以上が化石燃料から作られ、際限のない無駄とごみの山が地球環境を破壊し続けてきました。
21世紀はそうした社会と決別、循環型社会に貢献することがファッションにも求められてきています。絹を
はじめとした天然繊維、リサイクル繊維などが改めて世界的な関心を集めています。
「OKA MASAKO」は人と環境の共存をめざしながら、
21世紀のファッションの創造をめざしています。
戻る